ボクの大切な先生。

Religion
読むのにかかる時間: 1未満

どもども、こんばんわ、ボクです。

今日は日曜日で、日曜礼拝の日でした。
且つ、ボクにとって初めての教会総会の日でもありました。

その総会の場で、今の牧師先生が今年度を最後とする話があり
ボクは強いショックを覚えて
「どうしても今年度いっぱいなのですか?」と質問し
それに対する先生の返答を聞きながら泣いてしまいました。

その後、1人の教会員の方が
とてもとても強い言葉で先生に厳しいことを言うのを聞いて
胸が張り裂けそうになるほどで、また泣いてしまいました。

その理由も少し聞けたのだけど
先生だって、暮らし、生活があるのだから(お父様の介護もなさっている)
先生の暮らしのすべてを教会に捧げる的なことは無理じゃん!?
とか思ったりもしたのだけど

本当に小さなことを、ちょっとした改善で通るようなことを
ずーっと細かく長々言う人もあったりで

とても悲しくなりました。

その1人の方は帰りにボクを気にかけて
声がけしてくださったりもしたけれど
「これが私たちの教会なんです」と仰っていました。

また、先生が辞職?される決意をされたことは
以前も書いた、ボクは出席しなかったところの
3回行われた総会で詰められたからではなく
10年という節目で、教会140周年で、というお話だったけれど
もうもう、悲しいしかない。

ボクは、先生のこととてもとても大好きだし
とてもとても信頼しているし、拠り所となってくださっているし
わからない聖書の箇所はいつも優しく丁寧に解説してくださったし
ボクの母が入院した時も、天に召された時も
支えてくださった、泣くボクに胸を貸してくださった
また、ボクに洗礼を授けてくださった先生なのであって

小さなひよこが、初めて見たものを親と思うように
ボクもまた、今の牧師先生が「ボクの先生」なのです。

ボクたちクリスチャンは、牧師によってではなく
キリストによって信仰を深め
教会に集い、聖書を学び、祈りを重ねるものであってというけれど

それはそう、そうなんだけど(泣)

もちろん、そういうような聖書の教えも理解しているので
先生に強い言葉を投げつけた教会員の方や
小さなことを細かく拘っていた方に対して
敵意を持ったり、あるいは無視をしたりとか、そんなことはしないし
また、今年度が終わり、来年度から新しい先生が来るときにも
新しい先生を受け入れていこうというのは思っているけれど

でもでも、ボクは、悲しい。

教会の昔のことはボクにはわからないし
前は通っていたけれど、足が遠くなってしまった方々のことも知らない。
ついこの間洗礼を受けたばかりだし
通い始めてまだ2年ちょっとしか経っていないし
ボクは何も言えた立場ではないのが、口惜しかった。
慕っている信者だっているのにあんまりです。

あまりのショックに帰宅後すぐベッドに入って
懇々と4時間以上寝込んでしまったり…。

しかし気持ちを切り替えていかねばならないと
こうしてブログをしたためているところなのです。

あの強い言葉も、細かいことに拘る言葉も
教会をより良くしたいという真っ直ぐな思いから出た言葉であると
そう思います。そう思うのが正しいことだと思います。

だから、ボクに出来ることは、先生のために祈ること。教会のために祈ること。
また、教会員の皆さんのために祈ること。

そして、役員ではないけれど
役員の皆さんが行わなければならない奉仕も
お手伝いできることは積極的にお手伝いしていくこと。

今の、ボクの先生が任期を終えるまでに
より深く親交を深めたいということ。
わからない聖書の箇所を、今まで以上に
先生に問うて、たくさん教えてもらいたいということ。

天の父なる神様。み名を崇め褒め称えます。
我が教会をどうぞお守りください。
問題点が、風のように速やかに、でもしっかりと改善されますよう
どうぞ、精霊の働きをよろしくお願いします。
また、教会に集えなくなっている教会員の方々にも
牧師先生にも、み顔を向けて優しく照らし、導いてくださいますよう。
今日、役員となった方々もよりよく無理なくスムーズに
教会のための奉仕を行えますよう見守ってください。

この祈りを、イエス・キリストのみ名において、み前にお捧げいたします。

アーメン。

コメント

タイトルとURLをコピーしました