パフォーマーといふ人種。

Philosophy & Study
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人にはみなそれぞれに
思いやりや優しい心というのがあり
良くも悪くも多くの人は『善人』なのだけれども
今、ボクが言った『善人』というこれには
ボクなりのアイロニーがたっぷり振りかけてあるよ。

つまりね。

良かれと思って
あなたのことを思って
心配だからこその助言

という形式を用いるなどで
その『善人ぶり』を
(積極的に)アピール、パフォームする
といふような
パフォーマーというジャンルタイプがいる。と、自分は思ったりしている。
今日はそういう話をするつもり。

このパフォーマー
自分の知るところによれば非常に多く存在していて

正に悪気がなく
実際問題としても非常に残念なことには
実害的な悪事ではないってことにしかなりようがないラインが保たれておるのが常で

故に、発端が親切心であるのだから
それすなわち、善きこと、ということにすらなっているがために
そのパフォーマンス被害にあっても
被害者はその辛さや受けた傷を訴えることも出来なければ
物申す隙すら与えられず
見つけることも出来ず

結果

言われっぱなしのやられっぱなしで
なんだかもうもうもう・・・はぁぁぁ・・・(がっくし
と項垂れるばかりなりとなってしまうんだけども

このようなケースは
誰しも経験があると思うので
ある意味『あるあるネタ』ではないかと思うほどなんだから
自覚すれば、同じことをせんように自らが気にし始めるなどして
徐々にでも減ってもよさそうだってのに
それでもこのパフォーマー被害問題は
あとを絶たず次から次へと
どのようなシーンにおいても起きまくっちゃうのであって

つい先日ボクが読んだ本の中にも
似たような話が出てきてたんだけど
啓発本だったかな。
その中に『このような人とは付き合わないようにしよう』みたいな項目があって
その『このような人』ってのは
あなたの出鼻をくじく人のこと。だった。

これに関しては
自分の経験則の中にもあったことなんで
大いにうなずいたりだったんだけども
どのようなケースであれ
その出鼻をくじくようなことを言うた人が
善意であれ悪意であれ
とにかく、出鼻をくじく人はよろしくない。と断言されててね。
ボクもそう思うんだ。

なにもそれがその具体的に『出鼻をくじく』ってことでなくても
なんつのかな~こう・・・
なにかにつけて
『それって大丈夫?』だの
『それってやめといた方がいいよ』だの
『どうせうまくいかなくて傷つくのは目に見えてる』だの
『そんなに甘くない』だの
『それって大変らしいよ・・・』だの
『どうせ続かない』だの
『お前に出来っこない』だの
そういうね。
水かける感じのことを言う人ってのは
とりあえず黙ってろってこった。ということでいいんだと思う。

ボクなんか特に小さな子供の頃から
自称『教育熱心な厳しい叔父さん』から
さんざか先にあげたようなダメ出しを食らいまくって大人の階段登ってきたんで

未だに腹ん中で
そういう水かける感じのダメだしは
いやというほど、誰でもない自分で自分に、やってしまうの。

誰にやられるよりも前に
誰よりも、自ら進んで
いやっちゅうほど、やっちゃって
それだけでも相当凹んだり迷ったりしちゃうの。

そしてたぶんこういうことはきっと
なにもボクだけではなくて
みんな多かれ少なかれ同じとこあると思うんだ。だからねえ・・・。

わざわざご親切に、赤の他人がやらんでもよろし。と思うのであって
それはもう大きなお世話枠から出るのは
なかなかなことなのであって
やめといた方がいいと思うんだ。

でもそれでも人は『善人』だし
真に愛すればこそ、好きと思うからこそ
そういうことを言わずにはおれなくなる場面も、ある。
自分だって、そっち側に回っちゃう時すらあるからね。

だからもうね。言うてしまう人の口に戸は立てられなくて。
だからといって
それによって傷ついたり
出鼻くじかれてめげたり萎えたりしちゃうのも辛いから
そういう系の人には『決意を語らない』と決めるとか
そもそもできるだけそばに寄らないなどという感じで
やんわり保身していくしかないんだね。

どの道、その人にはボクの人生何ともできやしないし
ボクだって、人の人生何ともできやしないし
ボクとその人との関係性が
まさか永遠に続くもの、生涯続くものとも思えないし
仮に人生を共にすると誓った
パートナーが相手だったとしたって
それだって『必ずしも生涯続くものとなるか』なんてのは
ぶっちゃけわかったもんじゃないしね。

もっと言えば
ほんとに生涯ともに関わるお互いだったとしたって
それも結果論として『そうなりましたね』てことだし
きっとそういう結論が出てる頃には、んなこた~どうでもいいことになってるよね。
そんくらい、言うても無駄ってことよ。

ケチつけたってやりたきゃやるのが人で
失敗が目に見えてたってやりたきゃやるのが人なので
ほんなら気持ちよくやらせてやりゃいいじゃないの。と思うし
気分よくやりゃいいと思う。

如何にあなたのことを思っているか。というのを
アピールしたり、パフォームしたってねえ。
無駄ですよ。愚の骨頂。
如何に私は善人であるか。というのを
アピールしたり、パフォームするってのも、同じく
無駄無駄無駄無駄ーーーーっ!ってね。

だから、もうほんと、なるっだけ気にしない。
言われても、気にしないようにする。気合いで。なんとかして。
で、出来るだけ、言わずに済むようにする。
言うてしまう時もどうしてもあるんだけども
なるっだけね。言わないようにする。気合いで。なんとかして。

で、あとさ

よくいるでしょ。
人が見てる時に、ものっそい動いて働きまくる人。

つまり
そういうのを総じて、パフォーマーといふ。命名したんだ。この間。

例えば

仲のいいもの同士でね。
『この間公園にいったらゴミのポイ捨てやってるやつがいてさ
とりま拾って持って帰ってきたけどさ、信じられんよなあ~。世も末だっちゅうの』
なんつ~話を愚痴こもごもするのは全く別の話として
それは大いに普通にありとして
そういう感じではない場面で

『前のシフトの人らってほんとに掃除してんのかしらっ。
あそこにもここにも髪の毛散らばってて、よく平気よねぇ』
とかいうのはさ。
黙って髪の毛くらい掃除してやりゃいいじゃんかよ。なんのアピールだよ。
前のシフトの人間を貶めたいのか?
そういうことに気付けちゃった自分えらいなのか?
なにが目的かさっぱりわかんね。

ほんとに散らばってたなら
本人らに『髪の毛散らばってたので気をつけてください』とかなんとか
まっすぐ言うてやればよろしい。
やあねぇ。じゃね~って。ほんと。
こういうのもパフォーマー。

人が見てる時にわざわざ
あちらもこちらもそつなく『無駄に』動き働き
仕事良くする人アピールするとかね。
いるでしょ、よく。
誰も見てない時も働いてんのかもしれないけど。
往々にしてそういうパフォーマーは
人が見てない時は『人並みに』しか働いておらず
人が見てる時に働かなくては意味ないかのように動くし
『あ~もう今日は忙しかったから自分の仕事は後回しになっちゃって
今日も時間通りに帰れやしないわぁ』
などといいながら、誰でも出来るどうでもいいことを
いつまで経ってもやってたりする。

はよ自分の仕事に手をつけて
どんどんやって帰れや。(超低音)

ちなみにこの台詞は
ボクが先日、本当に、ガチで
大先輩にぶちかましたセリフそのまんまです。

その先輩はどうしたかって~と
自覚があったからでしょね。
はっ!として顔を真っ赤にして
そっそ~ねっ。そうさせてもらうわっ。
というて、どんどんやって、あっという間に帰ったんだけどね。
ほれみ~。帰れるじゃんかよ。とか思いつつ
そこはさすがに言わずに
満面の笑みで
ほんと大変でしたねぇ。お疲れさまでした~^^
って終わらせたんだけど

以後、ボクが
そのようなパフォーマンスが利かない人というのは
みなに知れるところとなり
まだまだ新米の癖に
良くも悪くも一目置かれる人になったらしき自分なのだけど

そういう善人パフォーマーに負けちゃダメだ。
善い先輩パフォーマーや
仕事が出来るパフォーマーや
よい上司パフォーマーや
親友パフォーマーなどなど諸々の
パフォーマー集団にやられるな。負けるな。
いいようにさせたりなんかしちゃだめだ。

そんな人らに
せっかくの気持ちに水かけさせちゃダメだ。

言いたいことと違うとこで
勝手に決めつけられたままで意味のわかんない水かけさせちゃダメだ。
かけられちゃったらもう
とっととまた熱くして蒸発して水分飛ばしてまえ。
がんばろうね。

ボクも頑張る。

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