特に大した理由はないが

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自分はとにかく
7月までは何をどうしたってダメのような気がする。

はっきり言って動画は関係ない。
好きだから貼り付けただけ。
あ、そうでもないかも。
なにしろ
自分は少なくとも7月まではダメのような気がする。
というより
7月になったらなんとかなるような気がする。


まだ2月だから
当分ダメだろう、と踏んでいるとも言える。
それまでは
自分の考えもきちんとまとまりゃしないし
まとまらないってことは
それ即ち
自分がふにゃふにゃであろうということで
ちゃんと考えているようで
そもそものその『ちゃんと』がちゃんとしてないというような
そんな感じなのではないかと。
なんで7月かというと
なんというか、そのような摂理になってる気がするのです。
ボクはよく神様のことを引き合いに出したり
神様にお願いしてみたりするということは
神様、とか、創造主、みたいなことを
信じているのだろうと思うんだけど
宗教的に信じてるというよりも
ここに自分がある、と思うことは
自分があるのであって
かのデカルトがそういうているのであるから
ここに自分が、ある。
そういう意味で
ボクが見たり聞いたり触ったりするようなモノたちも
ある、ということで
そういうようなものがあるということは
地球とか、宇宙とかもある、ということで
それは自分の計り知れない作用なり何なりがあって
ある、のだろうと思い
その計り知れない『何か』が、ある。と思っているのの
その『何か』てのをとりあえず
便宜的に神様とかにしておくと色々都合がいいので
そういうことにしている。というような感じで
信じているのだと思う。
そんなこんなの流れから
お星様の動きがこうだから、こう。などというような
占星術的なことを言われると弱い。

その占星術上において
ボクという人は7月までは、いろいろ厳しいよ、という話であり
とんと物事がスムーズに行かず
とんとよく動かず
とんと響かず
みるみるいろんな繋がりが去り、壊れ、離れていく精算の時で
つまり超デトックス中であるがゆえの
なんとも芳しくない時期であるという。
更には
なにやらこの
芳しくない時期というのは
かれこれ12年ほど続いていたボクの人生の長編ドラマの中の
全米が泣いた!級の祭りが終わったあとの
後片付け時期によるものであるというもんだから
あらそうなの?つって
しっとりと思い返してみたところ実に思い当たってしまったのです。
確かに12年ほど、どうもおかしかった。
いい時もあれば悪い時もあるという風に軽く思ってたけど
めちゃめちゃ自分的にいい感じの時から一転して
確かに、ここ数年あまりといえばあまりにも芳しくなかった。トータル的に、うん。と
なんならその
いい時、ですら、振り返れば、大して良くなかったというか
なんとなく『似非』な感じがしていたのであり
そんな風に非常に納得してしまい
そっからこう
そんな長かった芳しくない時期が
今まさに終わろうとしています。

というような希望的言葉を信じたくなったのであります。
実際・・・ダメな時は本当にダメってのあるでしょ。
そういうようなことは
自分の努力やなんやでもどうにもできないくらい
ダメっちゃダメ。という徹底ぶりで
それこそ神も仏もいないのか!みたいなことになりがちで
それを所謂、人生の夜、とするならば
明けない夜はない、みたいな言い方をするわけだけど
確かに明けない夜はないが
朝が来るときにならないと、朝は来ない。
夜中の3時から急に7時にぶっ飛ぶなんてことはないのです。
であるからして
お星様の動きやなんやという
宇宙の摂理的なぐっとくる理論から導き出された
そんな長かった芳しくない時期が
今まさに終わろうとしています。
その時というのは今年の7月!

これ、これが、朝が来るときってことなのだろう!と
そんな風に思っているわけです。
何が何でも思いたいわけです。
すると本当に、そんなことになってる感が
まんまと我が内にドッカリと居座ってくれたので
7月までは、うまく行かなくても
無理が効かなくてもしょうがない。
いろいろ浮かばれないことがまだ続くけど
まあしょうがない。
いいじゃないか、7月になったら朝になるらしいからさ。と
そっから頑張ればいいさみたいな感じで
最悪の事態は更に進まんとしているのに、落ち着いていられるのです。
その、お片付け作業のピークである、ということに
合点がいくことも多く。
祭りの後は何かと寂しいもんです。
キャストやスタッフにギャラを払ったり払わなかったり
思い出話をしたりしなかったり
疲れ果てすぎてなんだか喧嘩みたくなったりならなかったり
最後の会話もろくに出来たりできなかったり
そんなしながら、ひとりひとり見送っていく寂しさ、あの時の感じ。
そして誰もいなくなったステージを
一人で片付ける、あの、あの時の感じ。
片付けてからも、片付けたものを
捨てるもの、捨てないもの、より分けて選別する、あの時の感じ。
捨てるものを捨てながら、たまらなく寂しく孤独な気分になる、あの時の感じ。
ガランと何もなくなった場所に
まだゴミや汚れがあるからと、一人で掃除する、あの時の感じ。
何年も続いた大祭だったから
一人で片付けるのは相応に骨が折れるし疲れるし
汚れも大概なことになってるからボロボロにもなるし、と、そんな感じ。
心身ともにお片づけ、デトックス。
すっからかんになろうとしている、そんな感じ。
まさにここ数年の自分。
なにしろ、もうちょい
寂しく、虚しく、無念に思うことが続くけど大丈夫、と。
ボクの長く続いたロックンロールショーがね。
お片づけまできちんと終わる。
7月になれば、きちんと終わる。
そして事は全てまた動き出す。
次は、やたらなお祭り騒ぎではなく
ボクの、本当のボクの、望むものに向けて、動き出す。
宇宙の摂理において。
ま、星占いなんて茶番よ、という人もいる程度の
大した理由じゃないんですけども。

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