幼少時を振り返れば。~ちょっと基本的な話~

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はい、みなさんこんにちわ。

 

晴れて仕事を辞めることが出来た一昨日。

一気にストレスからの開放で

このところずっと悩んでいたところの

顔や脚の浮腫みが嘘みたいに消え去りまして

仕事をしているしていないってだけで

こんなにも違うものかとびっくりしつつですね。

 

暇に任せてブログ更新をしてみようかな、なんて。

 

幼少時を振り返る大作戦です。

ボクの幼少時はズタボロですから

振り返ってもろくなことはないんだけれども

それでも振り返ってみようかな、と。

 

 

幼少時。

 

齢3歳に満たない頃から

夜にひとりぼっちでお留守番させられていたことから始まり

その後、親戚縁者をたらい回しにされつつ

そのたらい回された先も

ろくなご家庭ではございませんで

 

貧乏、そして家庭崩壊を起こしていたところばかりで

性的虐待、普通の虐待などなどありましたが

虐待はまあいいんです。よくないけど、まあいい。

乗り越えられるから。乗り越えたから。

 

そのことではなくて、今回話したいのは「風呂」です。

 

家庭崩壊している家は

風呂に入れない場合が多いように思います。

少なくとも自分はそうだった。

 

故に。

 

風呂に入らない、不潔になることというのは

ライフスタイルの崩壊、そして、貧困の片道切符であると

こういう持論を持っています。

 

 

どんなに貧乏でも

ちゃんと風呂に入っていれば

そこまで顕著に貧乏には見えないもので

 

この今現在、貧に窮しているボクにおいても

きちんと風呂に入り

清潔にしているがゆえに

黙っていれば、貧困している人に見えません。

 

これは社会生活においてとても大事なことではないかと考えます。

 

社会生活の中で

こと、ボクの住まう地域などでは

貧乏は馬鹿にされ見下される風潮があります。

 

それ故、「いかにも貧乏」あるいは

「いかにも家庭がぼろぼろである」という風に見えるってのは

その生きづらさを鼻からマイナススタートするようなもので

 

身なりを身奇麗に清潔に整えるということは

社会にでる際に必須項目となるのであります。

 

また、このような持論を持っているため

自分から、対、人を見る際にも

不潔感が漂っている人には近づきたくないというような

ある種の同族嫌悪、偏見を持ってたりもします。

 

 

実際のところ

 

良い暮らしをしている人から

不潔な匂いが漂う・・・なんてことはほぼないわけですし

どんなにかっこいいことを云うていても

どんなによさ気なことを云うていても

歯が汚いだとか、なんかわからんが臭い、だとか

衣服が乱れているだとかの人は

やはり、真に良い暮らしにありつけていないケースが多いし

人として信用ならん場合が多いと思うのです。

 

 

ボクの幼少時、なかなか思うように風呂に入れなかったために

どことなく汚い子供だっただろうし

実際汚かっただろうことは自分でもわかっていて

 

中学に入って、一人暮らしするようになってからというもの

とにかく風呂はきちんと入る。清潔にする。

これだけは守り通しています。どんな暮らしぶりになろうとも。

 

それで

 

耳の後ろが汚れている人や

鼻毛がでていたり、変な毛が生えっぱなしだったり

足の裏が角質でガサガサだったり

耳垢が溜まっていたり

爪が伸びきって手入れがされていない感じだったり

汗臭かったり、脂ギッシュだったりする人を嫌悪するようになっていて

 

そういう部分で人をジャッジする癖があるってわけです。

 

これは、ボク自身がどんな暮らしぶりであろうとも

身なりを清潔に整えることに注力注いでいるプライドからってのもあり

 

人を差別してはいけないという意見があり

これは差別であるけども、同時に

貧に窮している人は、なおのこと清潔にすることを心がければ

そこから道が開けるのではないか、とか

そこまでの貧困に陥らずに済むのではないか、とか

そのように思うんですよ、という、これを言いたいのです。

 

 

例えば、貧困家庭に生まれた子供がいたとします。

ボクもその一人なわけですが

その子供を少しでも救わんとする場合には

まず、風呂に入れる。清潔な衣服を着させる。

これがものすごく大事になると思っています。

 

そしてたらふくご飯を食べさせる・・・と次の段階に入るわけで

 

一にも二にも清潔ありき。

 

 

あ、そういえば

 

ボクが病気がひどくてベッドに寝込んでいた時も

そういう時って風呂に入れないと、よく聞きますが

ボクの場合は「風呂に入りすぎる」という形の病状になりました。

 

自分が不潔で至らない人間であると思い

また、実際に幻臭で不潔な臭いがして仕方ないなどから

暇さえあれば風呂に入る、手を洗う、歯磨きをするなどしていて

身体をこすりすぎて赤剥けになったり

歯磨きのし過ぎで歯茎が腫れて血みどろになったりしていました。

 

つまり、精神の病の中にあってもボクは

清潔であること、というこれは捨てきれなかったどころか

余計にこだわりすぎるという形で病んでいたのでした。

 

と、ここまで来ると、ビョーキなわけなのでよろしくなかったんだけど

 

 

風呂に入ったり、手を洗ったり、歯磨きをすることで

なんとかギリギリ精神保っていたという側面も大いにあり

そのことからも、清潔にすることの大切さを

声を大にしていいたい。と、そんなふうに思うのです。

 

また

 

例え、毎日風呂には入っていても

きちんと洗えているかどうかは別の話だし

風呂以外の、グルーミングをちゃんとしてるかも別の話で

 

ボクも偏見を持っているけれども

普通に一般的に、清潔に見えない人は見下されたり

陰口を叩かれたり

意見をキチンと聞いてもらえなかったりしがちなのは

 

みんな無意識に、このことを知っていてわかっているからだと思っています。

 

 

 

そんなこんなでボクは、貧に窮しているけども

そこだけは絶対に守っています。

 

ちゃんと風呂に入りましょう。

ちゃんと歯を磨きましょう。

ちゃんと爪や鼻や耳や口の手入れをして、清潔に身体を整えましょう。

 

あれもこれも、とにかく、話はそれからなのです。多分きっと。

 

 

 

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