神様のこと。

Mental Health
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彼はボクの神様のイメージ。
その理由はこれ

我が人生における心の映画ベスト1のひとつ。(心のベスト1は2つあるのです。どうしても一つに絞れない)
このブルース・オールマイティの中で
モーガン・フリーマンは神様の役をしていて
それまでにいろんな姿かたちをした『神様』と言うのを
映画や本やなんやで見てきたけど
自分的に、彼が演じた神様が、一番腹に落ちたからなんだ。

劇中は真っ白な三つ揃えのスーツを着て出てくるんだけど
或いは作業服だったり、姿を変えて出てくるんだけど
創造主であり、みんなの幸せを願い、その願いを叶える人と言うより
懸命に帳尻合わせてできるだけたくさん幸せにしようと努力してる人。というイメージ。

ブルースがひょんな流れから
神様の『万能の力』を授かって
しばらくの間彼の代わりを務めると言うコメディなのだけど
神様の大変さがすごくよくわかる。

ほんとのことなんかわかんないけど
こんな感じなんだろうな。と素直に、自分は思った。
さて、話は変わるようで変わらないんだけど
先日自分はクイーンを聞いている兼ね合いで
フレディ・マーキュリーに触れつつ
名曲『Somebody to Love』についての記事をあげたけれど

その後、このところはまって見ている
海外ドラマ『Glee』のカートが神を信じないと言う回を見た。

ゲイは教会は受け入れようとしないと言う事を言い
自身の母親を亡くした失意の体験などから
神なんて大人用のサンタクロースだ、と言う。

そして、ダウン症である大好きな姉を持つスー先生もまた
神を信じない一人で
どんなに願っても願っても
どうにもならないことがあるということを口にしながら
政教分離の説を唱える。

自分は、この二人の気持ちがとてもわかる。

どんなに願っても祈っても
どんなに努力してよい行いをしても
神とやらに聞き入れてもらえなかった多くの体験や
どう足掻いても、決して叶えられやしない願い、というのを持っているからだ。

しかし同時に
神を信じないことの辛さや痛みもわかる。

何かを信じていなけりゃ
生きることはとてもとても辛い。

人は皆、弱いから
しばしば、自分たちの力ではどうにもできない問題に直面する。

そんな時
空を仰いで、祈ったり、悪態をついたりする、『何か』すらないとか
とてもじゃないけど自分には耐えられない。

そんな自分は
何か特定の宗教にそった信仰を持ってこそいないが
進化論も知ってれば
聖書もざっくりとながらも知っているし
その他の経典も、ほんとに触りくらいだけならたくさん知ってる。

沢山の矛盾や眉唾なエピソード全部合わせて、とにかく
これだけ長い歴史の中で
あり方やスタイルこそ違えど
非常に多くの人が『創造主』だの『神』だのと呼んでいるそれは
誰も見たことないのかもしれなくても
いる、のだろう、と思う。

いてくれなきゃ話が通らん。みたいな感じかもしんないけど。

けれども
ボクみたいな“罪深きタイプ”
それこそ多くの宗教に受け入れられないものであることも知っているし
自分自身の思うところと、多くの宗教は
考えや信仰(と言ういい方をする)をはっきりと分かつ部分がたくさんある。

そういう部分では
根底には神道や仏教の流れはありはすれど
多くの宗教のお祭りでもなんでも『祭り』として乗っかって
大いに楽しんだりする、所謂、無宗教派と言える日本人でよかったと思う。

そんなある意味、半端な信仰の日本人である自分から見ても
先にあげた映画『ブルース・オールマイティ』に出てくる神様は
とてもとても合点がいくし、すんなり受け入れることができるものだった。

劇中何度か出てくるセリフがある。
『あなたは、神様に特別に愛されてる』
この映画を見る前も、見た後も
ボクは、まるっきりまるで主人公のブルースみたいに
ついていないことが続いて
自分の努力を認めてもらえなくて
なんだかとってもいつもいつも報われてなくて
ちょっといい気分になることがあってもまた
すぐ転んで痛い目見て
愛する人が離れていって孤独に打ちひしがれて
空を仰いで悪態をついたり、ほんとにそんなことしょっちゅうだけど

それでも
『ボクは、神様に特別に愛されてる』
最後は、なんとかして、こう思えるように努力する。

それが、ボクの最低限にして、最大の信仰。
立派な理論とか教えなんかわかんないけど
酷い気分のときに悪態付く(のを許してくれる)存在すら
自分の中に持たないと言う事は
想像を絶するほどの苦しみだと思うから。

なんか最近、神だの悪魔だの天使だのにまつわる事柄が
沢山目や耳に入って、何のことだろう?と思ってるとこなんだけど
なににしても
目に見えたり触れたりできない『何か』を
胸に抱くことは、悪いことじゃないのかもしんない。

そう、思う。

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